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朝食のファシズム~朝御飯の強迫

何処かの小学校で登校してから朝御飯をみんなで食べる事を励行している、とラジオが語っていた。
一般的には朝食をきちんととる事が健康によいとされているようである。しかしだからといって食生活や健康管理は人それぞれである。また学校で一斉にとなると、従来各家庭で朝食を取っていた子の生活スタイルはどうなるのか。朝しか親の顔を見れない子だっているかもしれない。
実をいうと私は朝食を普段とらない。早朝から車を運転し途中で降りることが困難な仕事だから食後に胃腸が動いてトイレに行く必要が生じることを避けるためであるし、そもそも朝5時前の早い時間に食欲もわかない。同じ職業の同僚先輩にもそうした人はいるようだ。食事と体調管理は人それぞれでいい。1日三食などと言うが、江戸時代以前は二食だったと言う話も聞く。
以前ある精神障害者の作業所で、朝食をとる習慣のない通所者が、1日3回食後 に服用すべき薬をどのように飲めばよいか職員に相談した。するとその職員は「朝御飯ちゃんと食べないとダメじゃないか」と対応。その通所者に対するケアになっていないばかりでなく、そばにいる私自身も非難されてるような暗い気持ちになった。
多様性を認め合う社会などと言われるが、朝食抜きに関しては当てはまらないようである。誰に迷惑をかける訳でもないのだが。正しい国民像が造られていくようで、何だか不愉快である。
(やまならし)
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千早城址へ向かう2つの路線バス

大阪府下で唯一の村である千早赤坂村にある楠木正成の居城・千早城址を訪ねた。かつて籠城によるゲリラ戦で敵を引きつけて鎌倉幕府の滅亡を導いたとされる、山中の車道からでも150㍍の高度差のある山城である。
近鉄富田林駅を降りると、東側には金剛バスという淡い緑色をベースとする車体のバスが各方面へ向けて何台も停まっている。城跡への行き方を尋ねようと、こじんまりした案内所へ行くと、何人かの係員がいて、千早城址への行き方を親切に教えてくれた。よく聞くと城跡は手前にもう一つ赤坂城があり、車窓からも見えるが、棚田の中にあって風景はむしろそちらのほうが、綺麗かもしれない、ということだった。その口調には沿線の風景に対する愛着が何とはなしに感じられた。
ほどなく千早ロープウェイ行きの金剛バスは、乗り遅れて手を上げて合図した高齢の女性をロータリーの中で前ドアから拾い上げ、私を含め数人の客を乗せて発車した。町並みを抜け起伏のある半農村地帯を快走する。バス停は角柱に小さな板を取り付けた昔ながらのものだが、車両はどれも結構新しく、きれいに磨いてある。よく見ると吊革のバンドはふらつきが少ないように2方向から支えてある。乗務員の制服は、紺色の上下に同色のネクタイというオーソドックスなもので制帽はない。ひと昔前の時代に京都市内から大原の里へ向かうような雰囲気を思い出す。やがて客は私1人になり、カーブが続くから座席にきちんと掛けるよう簡単な車内放送が流れる。バスは棚田を見ながら山間部へ入り、結構長い時間かかって金剛登山口のバス停に着いた。ここは駐車場や売店もある賑やかな比較的ところだ。
すぐ横の急な石段を登り、本丸跡の神社まで往復する。途中の四の丸跡と呼ばれる広くなったところは見晴らしが良く、売店には昔のコーラの看板がそのままだ。せっかくだから日本100名城のスタンプを押させてもらう。
帰りは河内長野へ行く南海バスを利用する事にした。こちらならこの日朝から利用しているフリーパスのスルット関西の3デーパスが通用し出費が要らないからだ。バスは始発のロープウェイ前から乗っている下山客らでシートは殆ど埋まっている。中高年男女のグループは会話がはずむ。
以後の途中停留所からも、散策していた人々が1人2人と乗ってくる。乗客は足腰のふらつくような高齢者などではないのだが、乗ってドアが閉まる度に「手すりや吊革をお持ちください」と運転手が制帽に取付られたマイクを使って気だるい声で放送するのにはいささかウンザリした。迷彩服のような柄のシートも落ち着かない感じだ。やがて平野部になりカーブも少なくなった頃、ひとりの乗客が両替をしようとしたところ、「走行中の両替はご遠慮下さい」とまたマイクで。その人は手すりを持ちながら、少しでも乗り降りを円滑にしようと好意から行ったのだろうし、もし注意を促す必要があるなら、すぐそばなのだからじかに言えばいいのではないかと思った。こう乗客への躾が厳しいと慣れない者は参ってしまう。終着の河内長野の円形のバスプールでは「大きく曲がりますからご注意を」とまたもやマイク放送。もしそれが運転手の査定に響くノルマになっているのだとしたら愉快なことではない。見れば分かることだし、乗車時の案内といい、どうしても必要というなら機械による案内放送に組み込んでおけばいい。僅かな出費をケチらずに少し待って金剛バスにすればよか
ったかなと思った。
今日の一般的基準からすれば、南海バスのほうが「模範的サービスを行う事業者」であるという認識は一応持ってはいるつもりだ。しかし私は、金剛バスがこれから先もずっと今のスタイルで、たとえ大手私鉄の資本が触手を延ばして来ても、孤塁を守るかのように走り続けてほしいと思う。そして今回は車窓から見るだけだった、棚田の中の赤坂城址を何時かゆっくりと訪ねてみたいと思った。
〔2009.夏 探訪:やまならし〕
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車内歳時記

東山界隈を走るバスに乗る。発車間際急いで乗ってきた私立小学生達は夕方は習字で夜は塾などと土曜も詰まった予定を互いに確認しあってる。後部の女子大生達はファッションや遊びの話で盛り上がってるようす。私は世の中の出来事の脈絡も上手く理解出来ぬままに漠然と途方に暮れる。
観光シーズンと歳末の谷間の時期のせいか混雑はややマシ。それでも祇園から四条通はそれなりに渋滞。40代くらいの女性が呟く「混むのは昔も変わりませんね。京阪が地上を走っていた頃と比べて」私「渋滞の先頭が踏切から先の交差点へ移っただけかもしれませんね。地上を走ってた京阪は存在感がありましたね。市電も外してしまったしね。原武史と言う人が東京の地下鉄について、そんな風に書いてますよ」「今度読んでみます。ヨーロッパでは綺麗な路面電車が走っるのにね。」「日本でも富山なんかで走ってますよ」「祇園祭に邪魔だから撤去したとか聞きましたが」「なんやかんや言っても結局自動車をたくさん売りたいからだったんでしょう」日頃他人との会話が少ないせいかつい余計な話までしてしまう悪い癖だ。他の乗客もいるのに。
日が暮れると普天間基地撤去の市民派のデモ隊がアドバルンを上げながら街を行く。渋滞に巻き込まれたりするとデモに対して内容以前にどこか反感を持ってしまいかねない。
昼間通りかかった博物館はハプスブルク家展の予告。鳩山家の比じゃないだろうななどと思う。
[09.12やまならし]
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四手井さん逝くの報

夕刊をみて知る。

四手井さんたちに憧れ京都に遊学し、彼らを育てた北山に通い、やがて対立する立場で激しく論争した。

あるとき、「自然保護をめぐる対立した論争は不毛だと思っていたが、今回だけはよい結果になった」。と語ったものだ。

より良い結果を目指して激しく主張する。感情に流されてはいけないが論理に徹する。


そんな議論を当時すでに名誉教授であった彼、彼の門下の学者とも交わしたことを思いだす。
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すっかりその気だ。 [政治]

オバマのアジア政策演説
つかみで小浜までもちあげて調子がいい。

正直なのか若いのか遠慮がない。

しっかりと日本の頭を押さえつけにきたと明言。
個人の生い立ちからくるグローバルなアイデンティティとアメリカを結びつけて世界の大統領気分。


やはりブッシュの次のアメリカ合衆国大統領なんだ。今や世界を圧倒できるのは核と兵器の軍事力とばらまいた兵隊だけだ。

核は減らす、なくすといった時に存在感がます。
依存は、それから脱却しようとするときが極めての問題となる。

オバマと衰退する帝国の戦略だ。


しかしよくもまあペラペラと言葉がててくるもんだ。


たいそう賢く、そんなに悪い人でもなさそうだから皆が期待する気持ちはわかるし、自分にもあるが…


君に軍事基地をおいて日本を守ってやってると、それがアジアの平和に寄与してると説教されたくない。


国内向けの演説をよその国でせんといて。

偉そうに。



そうです。

はい


ではこれで
テレビの前でぶつぶつ毒づいてるオヤジのブログ中継を終わります
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言ってくれるね~ [政治]

オバマが来てますけどね。
来日に先立って、NHKの河野某とのインタビューでさ

アメリカと日本は今やシニアとジュニアの関係ではないだと。

ニャロメ。

つい本音がでたな

つまり、これまでずっとそう思ってたんだな。


これほどあからさまな言明はマッカーサー以来か。

何ちゅうこっちゃ

なめられたもんだ。
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幹ガードマユミ結実 [八丁平情報]

2009.11.8.7:20二の谷から入る。紅葉はあまりキレイではない。まだ早いのか終わりかけてるのかも不明で、ミズナラの葉は青さも残しながら枯れつつある。少なくとも錦秋という風景ではない。
フノ坂から集水域へはいるとカエデ以外は大体落葉。ブナは青と茶が混じって見栄えよくない。さる11/3の急な寒さのせいだろうか。また随所で折れ枝が道をふさぐ。柳のような葉の木や真っ赤に紅葉したドウダンは根こそぎ倒れる。
幹ガードはしっかり固定出来てるが、リョウブはその上1メートル程をかじられている。シカ対策したクラガリ谷のマユミは写真のように見事に結実。ただ他の樹木の実は既に落下したらしく殆ど見かけない。スキー場の笹には新芽も。東側でもキクイムシ対策でクリ、ミズナラなどにシートが巻かれるが枯木の伐採でかなり見通しがよい森になっている。鳥は少なく、鹿の声は帰途林道で一回聞いただけだった。
管理舎で巡視の伴さんらに聞いた話では、11/3は30㎝くらい積雪あり、枝折れはそのせいだと。先日回遊道上のを撤去し、この日はフノ坂方面をやってくれるらしい。先週は紅葉はまだ早かったが、本当の見頃は1日あったかなかったかという感じ。非常に美しいと思う年は10年に一度くらい。赤い実は今年もいろいろ実ってたが既に落ちた。シカは増えたが熊は最近少ないのでは、などと話していた。在所で蜂蜜の箱が荒らされる事が少なくなったらしいのだ。
そうこうするうちに高桑さんや宮野さんらの京女の団体30名程がマイクロバスでやってくる。交流の森へ抜けるそうだ。
[やまならし]
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「トルナ」を撮った [社会]

高野川の河川敷にコスモスの咲く一角があるが、最近こんな注意書きが。たぶん植えた人が立てたのだろうが、公有地である河川敷に個人がそこまでの主張をするのかなあと思ってしまう。大量に摘み取るのは論外としても、不法耕作(おそらく)と花泥棒が繰り広げる、のどかな世界であってほしい。[やまならし]
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品性下劣な石原慎太郎 [人間]

八ツ場ダム6都県知事、視察。

役人に毒づき、声を荒げて罵倒。気分の悪いビデオが流れてた。

直接選挙でトップを選ぶ危険性は都知事をみればよくわかる。


そもそも、各都県で計画を再検討することもなく、国と一緒になって税金を垂れ流してきた。

出してきた金かえせだと。?


ちがうだろ


歴代の都県知事が、税金を住民にかえせよ。


やばくなってきたのでアリバイ作りに視察したり住民の話きいたり。

やることが姑息だ。


マスコミも今頃になって住民の生活がどうのこうの。


どアホな識者とやらが、会社なら社長がかわっても契約が変わるわけではないからやめるなんてできない。


なに~

笑わせるなあ


民間の一私企業の社長と政権がかわったのを一緒にするか。

ここまで日本の政治は軽い存在になってしまってる。
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オバマ 核 N賞 [政治]

昨晩、NHK特番で、原発解体のドキュメントを放映していた。

核廃棄物の処理の問題は、話にはきいていたが、解体そのものがそれほど困難であるとは。

すべてのものが、毀すことを前提につくられていない。

殆ど、すべてのものが、放射能に汚染されている。

しかも最大の難関は炉心であり、鉄の炉材そのものが、長年の核分裂の被曝により、

強力な核物質に変化している。いわば、磁石にさらされて、磁性体になってるように。


この問題を解決出来ている国は、世界中にどこもなく、世界のすべての国が、問題を先送りしたまま

とにかく目先の体制の、国民生活の維持、発展、のために、原発推進に邁進している。


原発は、二酸化炭素を排出しない、クリーンなエネルギーだというのだが、すべての処理コストまで、

計算にいれたら、果たしてどうなるのか、そこには計算や統計のマジックがあるに違いない。


オバマも原発は推進派だ。原子力は平和利用にに限ると言っている。


同じく、地球温暖化を訴え、啓蒙して、Nの平和賞を受賞したアル・ゴア(米国)が原発シンジケートの一味であることは、今ではよく知られている。

日本では東芝が、立ちゆかなくなったアメリカの原発開発会社ウェスチングハウスだったかを買収して、

受注に乗り出すという。



宮沢賢治は、世界全体が幸福にならない限り、個人の幸福はあり得ない

というようなことを言ったが、そこまで究極につきつめるとすると、

それでは、未来永劫、個人の幸福はあり得ないのだな、と暗い未来予測しかできない。

賢治さんも、まさか、東北の貧困と、アフリカの貧困がリンクしているとは、想像もつかなかったに違いない。

インターネットは一種の宗教になりつつある。





せめて、自分のまわりの人が少しでも幸福になれば、私もまた少し幸福になれる


自分の生涯を終える日まで、それくらいは言い続けていたい。



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N平和賞… [政治]

オバマくんが受賞したとの報せがあった。

実を言うとちょっとばかり気になってることがある。

栄ちゃんと呼ばれたいと言った日本国の首相がいて

その人が、その平和賞を貰ってるのだが

今、彼が堅持すると公言した非核三原則

一個はずそうとしてる。

もともと持ち込んでたのをウソついてたんだから実態にあわせろと。


栄ちゃんのN平和賞の理由って、ウソだったのかも

だったら取り消し?剥奪?ってあるのかな。



国民栄誉賞を貰った人が犯罪おかしたら不名誉。

あぁ かわりにイグ・N賞があるよね。あれに交換してもらうか。

ないと言ってるものは実在しない。
戦闘地域でないところは戦闘がない
80K制限の道は100キロで走る車はない。

すごい制御装置の発明だ。
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追想…『手袋』 [yamanarashi]

放課後の少年を乗せたバスは、路面電車の走る大通りから岐れ郊外を抜けて、その町を流れる川の源流に向かって走っていた。道路はやがて舗装がなくなり、谷あいの集落で何人かの客を降ろすと、山の中腹にある小さな寺院の山門を目指して掛け上がって行った。
折り返しまでの少しの時間に運転手と若い男車掌が、魔法瓶に入ったコーヒーを飲まないかと勧めてくれた。だが他人から物を貰うことに慣れていない少年は、せっかくの親切を無にしてしまった。
 ・ ・ ・ ・
こうして山並みや集落の風景を眺めながらバスを運転していると、そんなことがあった少年時代のことや、十代の頃にこの付近の山々を歩く中で出会った先輩や後輩が、自分が彼らにきちんと向き合って接しないままに山から還らなかったり、或いは難病によって逝ってしまったことなどが、ふと頭の中をよぎることもあったが、乗客のお年寄り達が「なあ兄さん…」と話しかけてくれることで、つまらない感傷がどこかへ飛んでいくのは有り難かった。
田植えのあとにいい雨だとか、歌いながら山椒の実を摘むと木が枯れる、と言った農山村らしい会話を交わすのだか、こういう関わりというのは、いつから顔馴染みになったのかはっきり思い出せないものである。
そんなお年寄り達の中に、小柄で物静かで、そしてどことなく都会的雰囲気を持った「おばあさん」がいた。その姿には初孫として自分を可愛がってくれた祖母の面影があった。
おばあさんと話すようになった最初のきっかけは、何故自分が株主優待証を持っているのか、という話からだったかもしれない。
 ・  ・  ・
歴史あるその町は背景に山を抱えていた。山里が炭焼で栄えていた頃、自動車交通が登場し道路も徐々に整備された。村のリーダー格であった一人の篤志家は、私費をつぎ込んで町と村を結ぶバスを開通させた。おばあさんは、その彼のところへ後妻としてやって来た。前妻の子らも自分の子と思って育てた。
バスは周辺の他社に合併されながら、やがて私鉄の傘下に入り、経営は次第に彼の手を離れていった。そして林業の衰退や自家用車の普及によりバスの利用者が少なくなり便数が減っていっても、おばあさんにとって、バスは亡き夫が築いた誇りであり、彼そのものであるかのような存在だった。小さな手提げ鞄の中にはに彼の写真と開業間もない頃のバスの写真が大切に収められていた。
そんな写真を見せながら、おばあさんはいろいろなこと私に語ってくれた。バスを開通させた頃の収支計画のこと、町の周辺部にあった車庫の二階の事務所でよく彼が仕事をしていたこと、彼はバスだけではなく燃料関係の事業も行う懐の広い人で、例えば役所で要職に就きながら何かの不運で左遷されたある人を招き入れたことあった。その人らとともにトラックの荷台に乗って更に奥地の炭山を視察に行く話は実に牧歌的である。
 ・  ・  ・
いろんな話を聞かして貰い、またいくつかの資料も見せていただいたのだが、ここに綴るのはこれくらいにしたい。
というのも、以前私はそのことを記録として、若い頃に足を突っ込んで今だに抜けられなくなっている自然保護団体の冊子に書かせて貰ったからだ。この会の編集者は行動は果敢だが寛容な人だから、自然とは直接関係の薄い私のつたない文章を快く載せてくれたのだ。
今になって思うことだが、当時私の関心はバスや村の歴史に関することが中心だったが、出来ればもっとおばあさん自身の気持ち心情といったものを聞けたらよかったのにと後悔する。将来は老人ホームを作って、みんなが楽しく暮らせる村にしたい、という夫の思いが、たぶんおばあさんの願いでもあったに違いない。
村の「今」についても何か語ってほしい気はしたのだが、「みなさんがいい方向へ持って行かれるでしょう」というどこか卓越したスタンスは、せっかちな私に何かを教えてくれたのかもしれない。
 ・  ・  ・
しばらく出会わなかったおばあさんと久しぶりに乗り合わせた。この日は終点の私鉄駅までだったので、私もゆっくり話すことが出来た。もっとも私が何を話したのかは、元気そうで良かったなどと言った事くらいしかろくに覚えていない。だがおばあさんは「今の自分の楽しみはあなたに会って話すこと」そう言いながら、握手しようと両手で私の手を取った。その気持ちに応え「また話しましょう、気をつけて」と電車に乗り換えて行く彼女を見送った。
それからしばらくして私はバスの仕事を辞める事になり、結果的に意思疎通が出来る形でおばあさんに会えたのは、この時が最後になってしまった。
あの時、しっかりと握り締めた手から、おばあさんに気持ちは伝わったとは思うものの、時間のゆとりがなかったとはいえ、せめて白い手袋を外して、おばあさんの小さな手をしっかり包んであげられたらよかったのに。今も後悔している。
 ・  ・  ・
バスを辞めてからは沿線を訪れる事もあまりなく、おばあさんに会うこともなかった。家も電話もわかっているのだから訪ねていけない事はなかったのだが、それはなんだか大袈裟な感じだし、バスという媒体を介してでなければ相応しくない気もした。
だが数年経って、私は人が老いていき時間は無限ではないという当たり前のことに気づいて、思い立って山あいのおばあさんの家を訪ねた。残念ながらおばあさんからの応答はなかったが、多少の交流のあった親戚の家で、おばあさんがある老人施設に入所していてだいぶ弱っていることを知らされた。
もはや会う機会も逸してしまったかと思っていたから、感動がたかまり、その足で市内の花屋へ寄り、卓上に置けるような花束を作って貰って施設へ向かった。
結構広く窓も明るい個室におばあさんは横になっていた。顔も痩せ、私が何度か呼びかけても判別出来ているのかどうかわからず、時々視線を向けてくれるものの言葉のやりとりは無理であった。だが花束を差し出すと手を伸ばしてきてくれた。花の好きなおばあさんの事を改めて思った。押し花や写真をいくつかくれたにもかかわらず、散逸させてしまった不孝者の私である。
帰り間際にもう一度呼びかけた。立ち去ろうとした時に微かに聞こえた気がした「遠いところを…」という声が空耳だったのかどうか、今もわからないでいる。
  ・  ・  ・
初夏におばあさんを見舞ってからのち、私は仕事の関係で他府県に滞在したり、私事にかまけたりしていた。半年がたった頃、親戚筋の人から電話があった。
おばあさんが亡くなったという知らせだった。昼食の時は元気だったが夜になって急変して逝ってしまったとのことだった。納骨は市内の大きな寺院と生まれ故郷の山陰のお寺にだけ行い、長年住み慣れた地元の村の墓には納められないことも併せて知らされた。いわば何の義理もない私に連絡してくれた、この親戚の方に感謝するとともに、おばあさんが生きて来た年月の中での複雑な状況を思った。
あれから一年以上経つがまだ市内の寺院に墓参りには行っていない。それよりも、もし時間が出来たら、おばあさんが少女時代を過ごした山陰の海辺の町を訪れてみたい。なるべくなら丹波を抜けて城崎から海沿いの経路による昔ながらの山陰本線をたどりながら。たぶんおばあさんもそうしてやって来たのだろうから。
ギラギラする太平洋よりも日本海の淡い色合いの海を眺めたいと思うようになったのは、自分も歳をとったせいなのだろうか。
(完)yamanarashi.
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葬られた新性能電車~京都市電;技術者の無念 [交通]

1960年代前半のまだ幼い頃、親戚の家へ行くのによく市電に乗った。6番の系統では当時登場したばかりの新車である700型に乗る機会も多かった。
前面の曲面ガラスにアルミサッシュの広い窓、明るい塗装が施され、洒落た4枚折り戸の観音扉から乗車するときは嬉しくてワクワクした気分だった。軽やかに走る車内に車掌さんが回って来ると「オウフク」と言ってお金を差しだした。母親が私に切符買う練習をさせてくれたのである。13円が二枚で25円とほんの少しだが割引になった。
乗換駅である元田中から乗る叡電でも、当時としては斬新な300型にたまたま乗れたりしたら、その日はご機嫌だった。
だがそんな市電のいい時代は長くは続かなかった。電車が近代化される以上にモータリゼーションは凄まじい勢いで進行していたのだ。高度成長を進める国の政策や地方の政財界の思惑も絡むなかで、部分撤去から全面撤去へと市電はやがて姿を消すことが決まった。
合理化のために、最後まで残す車両は順次ワンマンカーに改造されることになった。どころが最も新しくて全部で48両ある700型は改造を受けることもなく、中でも加速が良くて滑らかな間接自動制御の機能を装備した後期に作られた約半数の車両は、意外にも早々と廃車になることがわかった。
すでに中学生になり通学にも市電を利用していた私はどうしても納得出来ず、ある日烏丸車庫を訪ねた。整備部門の役職についておられたと思われる技術者の方が間接制御は整備に手間や経費がかかる事などを説明してくださった。そして「自分も700型の設計に携わった。例えば4枚折り戸にしても見かけの問題ではなく、それによって戸袋をなくして台車を少しでも外側へ設置してホイルベースを長くとって乗り心地を良くするための設計。世界中どこへ持って行っても恥ずかしくない電車だ。」しみじみとそうおっしゃった。700型は、組織で働くことや世の不条理ということを教えてくれた電車でもあった。
優れた技術を取り入れた、いわば現場技師達の傑作である高性能電車を、製造後僅か10年くらいで、まるで取り急ぐかのように早々と葬り去ったのは、今考えると巧妙に仕組まれた市電廃止への世論工作だった気がする。古臭い車両ばかりが走っている方が「市電は時代遅れ」のイメージを作るには好都合だったのだろう。
あれから既に半世紀近くたち、京都にLRT導入の話も出るなか、在りし日の京都市電の姿を記録する写真集などもいくつか出版されている。だがほとんどが廃止間際の数年間かずっと昔のものである。ノスタルジックな感覚ではなく、700型が登場活躍し、当たり前に市電が走っていた全盛時代の記録がもっとあってもいいと思う。
そして当時の技術者達の無念に応える形で、市民に広く活用されるLRTが近い将来走り出すことを期待する。
(最初の写真は左京区一乗寺塚本児童公園に保存されている720号。残念ながら窓やドアは一般の建築用のものに取り替えられている。市電全廃期まで走っていなかった形式だからか、保存車両も少なく、前面が曲面ガラスのものを私はこれしか知らない。だかこの車両とて前期の分だから間接制御車ではない。高性能の後期の車両は存在した痕跡すら消され、まさに葬り去られた感じである。あとの写真は古いアルバムから拾い出した、活躍していた1969年頃の高野交差点などの風景)
〔09.9.やまならし〕
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続 高揚感なき革命 [政治]

新閣僚初会見。
全員ひと通り聞きました。
ひとり、総務大臣が言ってましたね。

これは革命といってもいい、と。

いいんじゃないですか。
政治家がしっかりやると言ってるし。

ただ、まだ我々下々のものから上へ上げて行く回路がわからない。

探してみつけないと。

ちょっと待ってくれと言われても待てないこともある。

マニフェストはいいが、書いてあることをやるだけならマニフェストと官僚だけいればいい。

そうじゃなくて、見直し、修正し、追加する過程も政権の仕事。
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高揚感なき革命 [政治]

そう言われるが、私はこの国民は少し情けなくもたいへん誇らしくもある。


教育、教養の総体のレベルがきわめて高く自分で判断する力を持っている。


武力や甚だしい金権で解決することをよしとしない。
たとえ建て前であってでも。



社会主義と自由資本主義の双方の理想のせめぎ合いのなかから生まれた
階級、階層なき豊かな安定して安全な社会。


そんな中産階級の幻想、宗教的とも言える呪縛からまだ国民はまださめやらぬ。

金銭所得に格差のある社会への道はあともどりできない。


それも国民はみな気づいている。

うすうす、いやはっきりとわかっていても納得できないのだ。

こんな隠し事ばかりじゃいやなんだ。


やり場のない怒りは自らにもむけられるべきことを。


こんないとおしきナイーブな国民を高揚感ある革命に駆り立てるような政治をしてはならない。


議会民主制の先生たちよ。

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高野山にあった森林鉄道 [交通]

和歌山県の高野山は世界的に有名な観光地である。この高野山にかつて森林鉄道があったことはあまり知られていないのではないだろうか。
南海高野線の紀伊細川駅は深い山の中腹にある。電車を降りて遥か下の集落のある谷筋に向かって坂道を下りていくと、変電所のある三差路に出る。そこから支流と思われる右手の谷の、近畿自然歩道の一部である細い車道を上流へ向けて歩いていく。暫く行くとこじんまりした西細川小学校があり、次第に人家もまばらにはなるが、緩い坂道に沿ってかなり上流部まで民家が点在している。途中には珍しくナンテンの木がところどころで栽培されていて、数百本に及ぶ規模の所も数ヶ所かあった。正月の飾りとノド飴用で、うち一軒の農家だけは出荷出来るまとまった収穫があるそうで、数十年前から続けているらしい。剪定しないのに高く成長しないというから、栽培用の品種なのだろうか。
実はずっと以前に誰かから高野山に森林鉄道があると聞いた記憶があり、1968年発行の古い地図上に軌道の記載を確認し、少し興味を持ってはいたのだが、ついに現地を歩いてみることにしたのだった。
近畿地方の本格的な森林鉄道は、最も近い所でも、同じ紀伊半島とはいえ三重県内である尾鷲から大台山系へ走っていたものしか資料等を見た事はなかったから、大阪から私鉄一本で行けるような近い場所に森林鉄道があったというなら、少し意外な発見といえそうだったからだ。
街道沿いにある民家の玄関先におられた方に、ナンテン栽培のことに続いて森林鉄道の事を尋ねてみた。するとやはり戦後の昭和20年代頃まで走っていたとのことだった。歩いて来た細い車道は軌道跡ではなく、軌道は右岸の斜面のやや高い所を走っていて、廃止後は線路を剥がして林道として使われている、とのことだった。
軌道の痕跡を見つけるべく、矢立という自然歩道の休憩点のある峠を目指してさらに歩くと、軌道跡の林道へつながる分岐路があり、林道へ出るとすぐのところに森林鉄道時代のトンネルがあった。最近まで林道の花坂隧道として使用されていたが、崩落が激しくなり通行止になったままである。あとで地図を確かめると、このトンネルは稜線上を走る高野山道路の矢立の峠部分の下をくぐり抜けており、森林鉄道は分水嶺を越えて水系の異なる高野山南面の湯川辻まで延びていたようだから、結構規模の大きいものだったようだ。地図上で大雑把に計っても10㎞くらいはありそうだ。一方下流方向へ少し行ったところには林道が複線程度の広さになった箇所があり、行き違い設備の跡ではないかと想像した。
人家が途切れて急坂を少し上ると車の往来も頻繁な先程述べた矢立の三差路に出る。高野山へ通じる道路と南側の花園方面への分岐である。突然の賑やかさに少しの驚きを感じつつ細川駅へ向けて、もと来た道を引き返すことにした。
帰路に右岸の少し高い所をよく見ると、山腹を縫うように森林鉄道跡の林道のガードレールや法面が所々で姿を見せている。走っていた当時は森林鉄道に従事する地元の人々も多かったことだろう。現在細川駅の麓にある公営住宅の場所が起終点である集材所だったらしい。かつては更に麓の九度山町付近まで走っていたという話も聞いたが、現況からも、また68年発行の地図上からも、その痕跡は見当たらなかった。
駅へ向かう急な坂道を登りながらふと振り返ると、川に沿って矢立へ向かう車道とともに、小さな棚田と植林地との境目のあたりに、森林鉄道跡と思える林道が緩いカーブを描いている。風景の中に、汽笛を鳴らしながら走る機関車が、材木を積み上げた運材車を何両も連ねて牽っ張って行く姿を思い浮かべながら、森林鉄道が走っていた時代の山村の活気や、山の生態系はどんなふうだったんだろう、などと思いを巡らせた。
【写真は花坂トンネル、紀伊細川付近の駅へ向かう道からの風景】
〔2009.8.15 探訪:8.17記。〕
《補記》
後日、京都府立図書館で、「未知なる"森"の軌道をもとめて『全国森林鉄道』」西裕之著(2001年JTBキャンブックス)に高野山森林鉄道の事が数枚の写真と共に詳しく載っているのを見つけた。大阪営林局高野営林署の運営で、最初の区間の開通は明治38年で、その後延長され、麓の九度山町から南海電鉄高野線と並行して高野山中へ向かう26.011㎞の本線の他に支線もあり、私が歩いたのは昭和7年開通で延長12.195㎞の花坂支線。廃止は昭和34年(1959)とあり全線が一斉に廃止されたような記述である。ただ私の持っている1968年の地図上には花坂支線部分だけに軌道が記されており、この区間だけは廃止後も暫くは軌道が撤去されなかったことが考えられる。また紀伊細川での支線の分岐などの写真も掲載されており非常に貴重な記録である。写真からすると、私が軌道跡だと推測した林道の部分を通ってはいなかった可能性もある。
この本には他に全国の森林鉄道のデータが紹介されており、一見何気ない薄い図書だか貴重な資料集であり、調査した著者の労苦には敬意を表したい。
ちなみに近畿地方では他に、兵庫県波賀町の音水川流域に山崎営林署の森林鉄道が1968年まであったと記載がある。
〔2009.9.9 やまならし〕
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シカ対策の勉強会 [八丁平情報]

8月28日、横浜国立大でニホンジカのマネジメントー適性管理の公開ゼミに参加してきた。

Human Dimention of Wildlife Management
というタイトルがつけられてました。

意味よくわかりませんが、人間のほうの態勢を整える野生生物の管理?

前座の、研究室の院生と学生の研究発表がありました。

最初の農大から、横国へきた院生の女性は、アライグマの被害における、市民、行政の合意
を形成していく上での基礎調査として、インターネットアンケートによる聞き取りと分析をしてました。

2番目の学生は、北海道洞爺湖中島という閉鎖エリアにおける、エゾシカの食性変化に伴う爆発的増加と
崩壊の要因解析 という発表。

こんな流れです。

ムカシは、狩猟で、絶滅寸前になった。明治時代 

禁漁になったが、密漁も続いた

禁漁厳しくなり、天敵オオカミも絶滅した。

個体急増 この時は、嗜好性植物従来から好む、草とか樹皮をたべる。エサ不足に。

個体激減

ハイイヌガヤをべる個体群が生き残り増える

この群れが急増 エサ不足に

群れの崩壊

落ち葉を食べる個体群が生き延び、増える


要するに、新しい植物をたべるられるようになったシカの個体群が生き延び急増すると。


面白いけどまだ真っ赤な仮説ですね。


本題
メインの講演は、北大名誉教授 (社)エゾシカ協会顧問の大康司紀之さん

北海道でエゾシカを捕って食べてという活動を実践してるらしい。

捕って食べるというサイクルを復活させないと管理できないと主張。


企画開催した、大学の松田教授は東京出身で京大でほぼ同時期に京都にいたから我々の活動も知ってるはず。




有効手段として、シャープ・シューティングという専門家による専門的な銃による捕獲方が紹介されてました

シャープシューティングというのは、夜間、サイレンサー、スコープ付きの小口径の銃をつかう。

全て日本の今の法律では不可です。

アメリカでは駆除請負会社がいて一人または数人で大量捕殺可能、実績があるそうです。


自衛隊を使ってはという意見もでましたが、戦争の射撃とは違うらしい。
スナイパーならいいが、数少ない人員を鹿討に使えないだろうと。


南アルプスの高山帯あたりなら餌付けしてあっと言う間に処理できるのではとも。






最近、国からの研究助成に一般公開が義務付けられたせいか、あちこちで公開講座が盛ん。

広大な緑に囲まれた丘に広がるキャンパスでした。いいな。

ところで、音もなく射殺するようなのは危なくて仕方ないと言う意見もでてました。


でも実際、猟銃で仲間うつのは未熟なレジャーハンティングの延長の場合と旧来型の狩猟の悪弊だとか。


餌付けし、行動パターンを解析した上で静かにナイトスコープで撃つ。人間を撃つ可能性はほとんどない。

ただ銃は流失すると人間相手に危険な銃なので警察保管が必要では、とのこと。

まず狩猟や鳥獣保護の法律をかえないといけないらしい。





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八丁平の近況情報 [八丁平情報]

年間を通じて週末入山しておられる写真家のKさんからの情報です。

シカ食害の幹ガードはひととおり終わり、枯れたマツなどの切りたおしをおこなっているらしいです。


初夏に姿をみかけなくて、減少しているのでは、と思われた
外来鳥、ソウシチョウが群れているそうです。ウグイスは原では、ほんの少し。

注目された、アカショウビンの繁殖の確証はえられてないようです。

ことしは二の谷から平の下流域へ抜けるあたりで、サンショウクイが多数目撃されたとのことです。
私はサンショウクイまだみたことないです。


動物は、かなりの数のナラを伐採したので、ドングリの数が減って、クマなどのエサが、不足するのでは、
と懸念されますが、ドングリの実りは悪くはないようです。

ヒルの発生も例年よりは、いくらか少ないのでは、ということでしたが・・・・
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今どき三面張り! ~川東地区の水路を訪ねて~ [社会]

小川や棚田を残して欲しいと願っていた亀岡市川東地区の圃場整備がどうなっているかを見てみようと、先月下旬久々に現地を訪ねてみた。
三日市川は改修され風景も変わり、その上流の小川は一部に若干の入り江が設置されてはいるものの、三面張りになっていて水量も少なく淀んでいた。棚田を遠望すると、お寺の手前のところまで既に圃場整備が完了している様子で、おそらく風景も変わっていることだろう。
車を止めて大きな網などを使って魚を取っている人達の姿が見えたので、業者かと思って近づいてみると、農水省の関係で環境調査をしている委託会社の人達だった。細長い水槽に魚を入れて、ヒゲの有無などで種類の判定をしていた。数年前の圃場整備工事に際して、調査に入った学者らは環境を保全するよう意見を述べたらしいが、行政側は聞きいれなかったようだ。
魚類に関しては以前とそれほど変化はないらしく、タナゴやメダカの姿も見かけた。しかしいろいろな種類の小魚が行き交う自然度の高い水路や岸辺にハザ掛けの木の残る風景はもはや見られなかった。
〔2009.7 やまならし〕
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市有林で作業始まってるそうです。 [八丁平情報]

先月末に市の林業振興課の担当の方から、シカ食害防止ネット巻きの
施業にかかる、との連絡をいただきました。

その後現地入りした方からの情報をあわせますと次のような状況のようです。

森林施業員を10名ほど雇用した。この求人は、当ブログの やまならし氏もチェックされていて、
当方に、どお応募してみたら、? とかメールをいただいたことがありました。

距離的に通えへんやん。やまならしさんことどうえ? とか言ったおぼえがあります。


国、景気対策の一環としての雇用対策でしょうか。雇用創出事業?


数億のお金が付いてるそうです。

現在、市有林の植林や、八丁平含めて作業にあたるようです。

キクイムシが入ったナラを切り倒して、拡大がひろがらないようにしてるらしいです。

まだ入ってなものは、幹に黒いシートをまいているそうです。

八丁平のナラはここの樹林のシンボル的な存在なので、切り倒すしか、方法がなかったものでしょうか。

これもちょっとショックですね。

二次林が手をいれられなくなったことがよくいわれますが、薪炭林以前の事を考えるとどうでしょうか。

このキクイムシ対策をしてから、シカネットを巻いたり、二の谷の造林域の作業をするようです。
対象樹木は、キハダ、ミズキ、リョウブ、ナツツバキ ということです。
マユミは見捨てられたようです。

作業のチームリーダーは地元、広河原の方がされているようです。


緊急処置として巻いたネットをはずしにいかなければなりません。



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「菖蒲ケ原」と呼ばれたが… [八丁平情報]

かなり少なくなった八丁平のカキツバタの今年の状況をまだ知りませんが、NHK「趣味の園芸」で、アヤメ、ショウブ、カキツバタの生育地は草地、湿地、水辺と各々異なっていると解説あり。かつて八丁平が菖蒲ケ原と呼ばれたのはカキツバタも含めた漠然とした言い方でしょうが、湿地帯だから遠目に見て菖蒲と判断したとも考えられます。別の視点から見ると昔からずっとカキツバタだったのなら、かつては湿地というよりも水辺と言った方がいいような地塘の多い場所だったのかもしれません。そもそも植栽されたものか自生なのか。昔はもっと水が多かったという元巡視員の話を思いだしながらテレビを見ていました。(09.6.5やまならし)
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『手摺は語る』~近江鉄道を走る・元西武の電車達 [交通]

近江鉄道は滋賀県東部を走るローカル私鉄である。沿線は主に農村地帯だが大きな工場も多く、新幹線や高速道路も走る、いわば今の日本を考えさせてくれるような車窓風景が展開する。沿線を散策しようと土休日に全線が格安の550円で乗れるSSフリー切符を使って乗車してみた。
走っている車両はかつて親会社の西武鉄道で使っていたものが殆どである。そんな中で外見は殆ど同じなのに、ロングシート端の手摺の形状がかなり違う二種類のものがあるのは興味深い。
最初に乗った809号車のロングシートには一見何の変哲もないかのような手摺が取り付けられているが、座ってみると不思議と身体にしっくりくる。(写真1参照)立ち上がりの手助けにもなる網棚までの縦棒は特に珍しいものではないが、横棒のパイプは窓際で少しだけドア側にくびれて取り付けられている。それは座っている人にとっては、きっちり詰めても肩の骨がパイプに当たって痛くならないための工夫であり、一方ドア横に立つ人には、腰が丁度納まる形である。さらに尻の部分に軽く当たるもう一本の縦棒は、座っている人との仕切りの役目をしている。結構工夫を凝らした優れものだ。
ところがほぼ外観が同じ806号車は関西で従来からよく見られるような、窓よりも下の位置に丸みを帯びた簡単な手摺があるだけである。(写真2参照)
おそらく809号車の方が西武での製造年月がやや新しい車両なのだろうが、この2両の違いを見ていると、高度成長期に郊外へ住宅地が広がって通勤混雑が一段と酷くなる中で、乗客同士の不快な接触を避けると共に、少しでも快適な乗り心地というか苦痛の緩和をすべく、設計者が苦心した過程を垣間見るようで涙ぐましささえ感じる。
そんな風に時代の変化に敏感に反応して首都圏を走っていたであろう電車達は、いま湖東の平野を新幹線と併走したりしながら、通勤地獄など知らなかったかのように、短い2両編成でのんびりと走っている。
〔2009.2月乗車.やまならし〕
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洛北休日~ケーブルでツツジ [交通]

郊外の都市公園は友人同士や家族連れなど多くの人が思い思いの時間を過ごしている。広さがあるから混雑感はない。
護岸工事がきっちりとされた川岸の木陰で誰かが縦笛を吹いている。橋からみる限り梢の影になってどんな人かはわからない。森の中をスーッと通り抜けるような音色を聴きながら硬いベンチに寝ころぶ。聴こえない時間が暫く続いたので、また小休止かと思ったら、すでにその場所に姿はなかった。
山の中腹をケーブルカーがすれ違って行く。高度差日本一だけあってかなりの傾斜だ。空耳の音色がまだ何処からともなく聞こえてくる。
数日後、爽やかな天気に誘われ久しぶりにケーブルで比叡山へ。以前のBGM入りのテープ放送をやめ、アテンダントによる間隔を置いた説明になり、鳥の声もよく聞こえ走行音や山の雰囲気もより伝わってくるようになった。
スキー場跡の先、ゆうに百本以上あると思われるツツジは今週中が見頃のようだ。数種類の色があり、背景には大原の里や蓬莱山が望める。駅の人の話では、以前からあったが、周囲に他の樹木があって見えなかったのを伐採して眺め易くなったとの事だ。閉鎖中の大きな三角屋根のレストランも、北山方面の展望は素晴らしいのだから、スローライフの身近なリゾートとしての再生を願う。
「つつじケ丘」には中学生の遠足団体が休憩しているだけで、平日とはいえ一般客の姿はなかった。下山後たまたま聞いた話だが、ツツジの名勝地である葛城山ではロープウェイが数時間待ちだったらしい。それを思うと広葉樹の多い比叡山の京都側は静かに自然を感じられる場所であり続けてほしい。だが歴史あるケーブルカーがこれからも走り続けられる程度には賑わいも必要かという微妙な思いもある。
〔2009.5.…やまならし〕
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囲いテープ取外し5/1 [八丁平情報]

街はメーデーだが、山の作業に行くことに。
入山者少なく駐車場に車はなく、現地で単独行の2名に会うのみ。内1人には食害や作業について簡単な説明をする。カエデ、ブナ、イヌブナの新緑見頃。ツツドリの声響き、クラガリではドラミングよく聞こえた。
昨冬設置の食害防止シート等は概ね無事で元のままだったが、一部キハダのシートが少しめくられ、クラガリ谷のマユミの一本に巻かれた緑色養生テープの下部が外され付近に置かれていたので、シカのしわざかとも思われる。幹に直接巻いた白テープは無事だった。
周囲の木を囲んだ白テープは糸状になって枝に絡み、取り外しに時間と労力を要するので次回からは別の方法で行うのが望ましい。(8カ所程度の囲いの取り外しに2時間程かかった。)
ところでシカはどうしたのか、一度も姿を見かけず声も聞かず、新しい糞もなかった。[09.5.1 やまならし]

(写真はやまならし→やまうるし→転送追記しました。(090511)
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八丁平 今年も巡視はじまったそうです。 [八丁平情報]

29日から、八丁平の巡視がはじまったそうです。去年より日数が増えているらしいです。
厳しい経済の昨今、まれな事。

シカの食害防止の難しい仕事が今年もまた増えて、巡視大変だと思います。

しっかりお願いしたいものです。

(初代巡視員)
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なんでも『禁止』が好きな風土 [政治]

報道によると、民主党が議員の世襲禁止を検討するとか。それを主張する人達自身現職の二世議員もいるようだが、決まれば辞職するということか。この種の事は禁止するより有権者の投票行動に委ねるべきだ。禁止となれば、例えば哲学者の鶴見俊輔のように偉大な政治家である祖父や父に圧迫感と葛藤を感じながら若き日々を送ったような人物も議員になる機会を奪われることになってしまう。
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八丁平 雪解け [八丁平情報]

4日現在の情報を貰いました。クラガリ谷上部や日陰に一部残雪が見られるものの、
原の内部、ルート上、すっかり雪は消えたそうです。

ヒレンジャクが数羽。ツグミの仲間もみかけず。

ウグイスも原ではまだ鳴いてないそうです。信じられない。けど、去年みてるから信じられる。

シカの死骸を、

1、二の谷、
2、二の谷作業道、
3、原の周遊ルート上、中村乗越分岐~大黒谷峠間

で3頭みかけたそうです。原の分はまだ死後それほど時間がたってなかったとか。


シートははがれてはいない様子でしたが、施業できたのは、ほんの一部です。
相変わらず、樹木への食害は続いているそうです。

この春以降がおそろしい。
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八丁平はまだ積雪あるようです。 [八丁平情報]

同志社2部ワンダーフォーゲルのOBから掲示板にレポートが入りました。

先週半ばにまたかなりの降雪があったようです。

http://8822.teacup.com/dwvcmichikusa/bbs?BD=2&CH=5
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開戦前夜?危惧 [政治]

北朝鮮が打ち上げる「人工衛星」を迎撃する段取りができたと報道されている。ところで実務的な疑問だが、日本に落下して来るという判断はどの時点でするのだろう?着地寸前では遅いだろうし、かと言って早く判断すれば進路についての見解は先方と異なるだろう。こうなった場合、航行中の他国の物体に攻撃を加えたという捉え方も出来る訳で、日米だけでなく国連など第三者立会の判断のもとに慎重に行動すべきではないか。それにしても北朝鮮の技術はそれ程信頼性が薄いのだろうか。先進国の衛星同士がぶつかって破片が地球上のどこかに落下するという話が最近あったが、あの報道はその後どうなったか。[09.3.27やまならし]
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エコはどこへ? [政治]

高速道路が大幅値下げで休日はETC付けたら千円でどこまででも行けるようになるとか。TVで「明日のエコでは間に合わない」などと流している政策とは大矛盾。大衆迎合の与野党に対して、炭素税を主張してきた社民党はどうなった?〔2009.3.19やまならし〕
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